坂戸いずみ教会・礼拝説教集

<キリストの愛とともに歩もう>イエス・キリストを愛し、自分を愛し、人を愛して、平和を生み出すことを願います。

2019年9月22日 主日 礼拝説教「今だけ、金だけ、自分だけ」

聖書  アモス書8章4-7節
説教者:野澤幸宏神学生

8:4 このことを聞け。貧しい者を踏みつけ苦しむ農民を押さえつける者たちよ。
8:5 お前たちは言う。「新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。
8:6 弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう。また、くず麦を売ろう。」
8:7 主はヤコブの誇りにかけて誓われる。「わたしは、彼らが行ったすべてのことをいつまでも忘れない。」


                            「今だけ、金だけ、自分だけ」
今から約2800年前、最初の預言者とも言われるアモスが預言活動をしていた時代。そのころギリシア地域ではポリスと呼ばれる都市文化が発展し、現代で言う東欧から中東に至る地域は、貨幣制度が確立していきました。イスラエルの国を取り巻く状況は、それに加えて、北の強国アッシリアもまだそれほど強大な力を持っておらず、南の強国エジプトの力もそれほどではない時期でした。当時イスラエルの国は南北二つに分かれていましたけれど、北王国イスラエルではヤロブアム2世の統治下、比較的平和な繁栄の時を迎えていました。経済的繁栄の陰には、いつの時代もどの地域でも、裕福な者や政治権力者が貧しく弱い者を搾取(さくしゅ)し不公正な扱いをするという現実があります。それは、当時のイスラエルもまた例外ではなかったのです。
本来、ユダヤの律法(りっぽう)において、新月祭と安息日には、労働を止めて安息をしなければいけませんでした。しなければならない、というと強制されているようで聞こえが悪いかも知れませんが、かつてエジプトで奴隷として休みなく働かされていたユダヤ民族にとっては、その状況から解放してくださった神さまが与えてくださった、「聖なる権利」としての休みだったのです。一週間ごとの安息日と、ひと月ごとの新月祭。その度に人々は労働に追われる日々の暮らしを離れて、民族としてのルーツを思い起こし、神さまに感謝し祈る時を大切に考えていたのです。それが決まりとなったものが律法だと言えるでしょう。その律法の中では当然、商売をすることも労働と見なされ禁止されていたのです。しかし5節の商人たちの言葉にある通り、神さまよりも商売、という考え方が、この時代すでに人々の間に広まってしまっていたのです。

エファ升(ます)とありますが、これはわたしたちの使う新共同訳聖書ではこのような表現になっていますが、「エファ」はそもそも「升」を意味する言葉です。フラダンスとかチゲ鍋と一緒で、同じ意味を違う国の言葉で言いかえてつなげた表現になってしまっていますが、これはつまり、穀物や粉状のものを数える容積の単位で、現代の単位では約23ℓであると考えられています。分銅は原語では「シュケル」で、こちらは約11.4ℊ。分銅は、天秤(てんびん)の片方に乗せ、もう片方に商品を乗せて、その商品が定められた通りの量であることをだれの目から明らかに示すための道具です。商人たちは、それらの定められた単位をごまかして、自分たちに有利な不正な取引をしていたのです。
また、「貧しい者を靴一足の値で買い取ろう」とありますが、これは当時、借金を期限までに返済できなかった者が、靴一足分という安値で奴隷として売り買いされていたことを表しています。続く「くず麦」というのは、脱穀(だっこく)にかけた後に残ったもの、お米で言えばぬかにあたるものに、籾殻(もみがら)を挽(ひ)いたものを混ぜ、それを普通の麦に混ぜたものです。これは最も貧しい人々に売りつけられていたのです。
それを神さまは見抜かれ、アモスの口を通して鋭く批判するのです。自分の利益を得たいとする欲望が、貧しい人々を、かつてエジプトで奴隷だったことと同じ状態に引き戻してしまっているではないか、と。わたしが、あなたたちを「奴隷の国から導き出した」ことを忘れてはならない、思い起こせと、神さまは言われるのです。

富を第一とする価値観を、旧新約聖書は一貫して否定しています。富それそのものは、ユダヤの伝統的な価値観では神に祝福されていることのしるしと考えられていました。しかし、権力や武力を背景に他者を虐(しいた)げ、不法に富を得ることや、すでに富を得ている人が弱い人や貧しい人を見下す傲慢(ごうまん)さを神は罰さずにはおられないのです。7節にある、「わたしは、彼らが行ったすべてのことをいつまでも忘れない。」という言葉は、そのような罰が必ず与えられるぞ、ということです。そして事実、この後イスラエル王国は強大化したアッシリアによって滅ぼされてしまうことになるのです。

現代の私たちの現実も変わっていないと思わされます。それどころか、資本主義経済が高度に発展し、資本主義以外の考え方の選択肢がないかのような状況になっている現代は、預言者アモスの時代よりもっとひどい状態になっていると言えます。
例えば、スーパーなどに並ぶ安価な果物やコーヒーは、八百屋さんなどで買うよりずっと安い値段が付けられています。これは、東南アジアや太平洋の島国で、強大な株式資本を持つ多国籍企業が、現地の人々を自国では考えられないような低賃金で雇用し、大規模プランテーションで奴隷のように働かせ生産している結果の低価格です。そして、そのように働いている人々は、自分の作った果物やコーヒーを口にすることは出来ないのです。
 日本人は世界で最もエビを食べる民族だそうですが、そのエビの多くはインドネシアなどで貴重なマングローブの茂る汽水域(きすいいき)を伐採して作った施設で養殖され、輸入されているものです。
 わたしたちもまた、アモスの時代のイスラエルの金持ちや権力者と同じく、実は搾取をしている側にいる、その現実の只中を生きているのです。
 そしてまた、更にひどい状況が世界を覆(おお)っています。某国(ぼうこく)の指導者の例を挙げるまでもなく、世界全体の経済や情勢に影響を与えるような強大な国が、自国の利益ばかりを追求するような一国主義が蔓延(まんえん)しています。
先日も強い台風によって千葉県や伊豆諸島では大きな被害が出ましたが、そのような異常気象の原因は、経済活動の拡大によって放出される温室効果ガスが地球温暖化をもたらしたためです。それは言い換えるならば、人間の膨(ふく)れ上がる欲望の暴走によって、神の造られた秩序ある世界が破壊されてしまっているためです。
まさに、現代のわたしたちを取り囲む現実は、今だけがよければよい、お金だけが信用できるもの、自分(と時々、家族と友人)が不自由なく生きられればそれでよい、そのような価値観に支配されてしまっていると言えます。

真実と平和の神は、そんな現実を喜ばれるはずがありません。神さまがわたしたちに望んでおられるのは、わたしたち自身がそのような不公正の現実を生きてしまっていることから目を背けず、構造的に弱い立場に置かれてしまっている人々に正義と公正をもって接することです。それが、主イエスが教えてくださった、「自分を愛するように隣人を愛しなさい」との言葉を実行することです。預言者アモスは、この時代に多くいた国に仕えていた職業預言者ではなく、自ら羊を飼い、イチジク桑を栽培する者であったと言います。そのような彼だからこそ、搾取の現実の中、真実の神さまの声を聴き、語ることが出来たのではないでしょうか。アモスのように、この世の知恵と欲にまみれた情報に惑わされることなく、神さまが何を求めておられるか聴き分けることが、わたしたちにも求められます。かつてユダヤの人々が忠実に新月祭と安息日を守ったのは、日常から離れ、神の言葉のみに耳を傾けるためです。現代のわたしたちも、日曜日ごとの礼拝に集う時、同じ姿勢で臨まなければなりません。

かつて埼玉地区の北本教会を牧(ぼく)しておられた石川栄一牧師は、わたしが神学校の一年生の時、旧約の講師として教えてくださってもいました。その石川先生が旧約時代の歴史についての講義の中で、今日の聖句について触れてくださったことがありました。この聖句は、まるで「水戸黄門」のような時代劇に登場する悪徳商人のノリのようだと。しかも、預言者アモスの時代には水戸黄門一行は現れてくれないのです。しかし、新約の時代以後を生きるわたしたちには、水戸黄門一行よりももっと、頼りになるお方がいます。神の子でありながら自ら肉体を持つ人となってくださり、そのご生涯の最後に十字架にかかってわたしたちの罪を贖(あがな)ってくださった、本当の救い主であるイエス・キリストがいるのです。
わたしたちは、その身を犠牲にして愛と和解を実現された主イエス・キリストに結ばれています。このような神の前に不正な現実を変える歩みを、小さい一歩でも、成していかねばなりません。
これから皆さんと一緒に歌う、讃美歌21の424番「美しい大地は」の詞には、「この世界は全ての人の嗣業(しぎょう)である」と歌われています。嗣業とは、神さまから与えられた子孫へと受け継ぐべき土地のことです。そして、「全ての人」には、現代を生きる人々だけではなく、未来の人をも含まれています。神さまが創造され「極めて良かった」と言われたこの世界を、わたしたちは現代の自分だけが生きやすいように欲望で覆いつくして貪(むさぼ)りつくしてはならないはずです。これからこの地上を生きることになる、未来の人々への責任をも果たすこと。それが現代を生きるわたしたちに託されている使命です。主イエス・キリストに結ばれている者として、この使命を果たしていきましょう。

 

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