坂戸いずみ教会・礼拝説教集

<キリストの愛とともに歩もう>イエス・キリストを愛し、自分を愛し、人を愛して、平和を生み出すことを願います。

2012年8月12日 平和聖日礼拝「もはや戦うことを学ばない」

聖書 ミカ書4章1〜8節
説教者 山岡創牧師
 
◆終わりの日の約束
4:1 終わりの日に/主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち/どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい
4:2 多くの国々が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから/御言葉はエルサレムから出る。
4:3 主は多くの民の争いを裁き/はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。
4:4 人はそれぞれ自分のぶどうの木の下/いちじくの木の下に座り/脅かすものは何もないと/万軍の主の口が語られた。
4:5 どの民もおのおの、自分の神の名によって歩む。我々は、とこしえに/我らの神、主の御名によって歩む。
4:6 その日が来れば、と主は言われる。わたしは足の萎えた者を集め/追いやられた者を呼び寄せる。わたしは彼らを災いに遭わせた。
4:7 しかし、わたしは足の萎えた者を/残りの民としていたわり/遠く連れ去られた者を強い国とする。シオンの山で、今よりとこしえに/主が彼らの上に王となられる。
4:8 羊の群れを見張る塔よ、娘シオンの砦よ/かつてあった主権が、娘エルサレムの王権が/お前のもとに再び返って来る。
    

        「もはや戦うことを学ばない」
 今日は〈平和聖日〉の礼拝を迎えました。日本基督教団の教会に属する者として、かつて日本基督教団が犯した罪の罪責告白を共にしました。I・Tさんを通して、平和を願う証(あかし)を聞きました。いつもと少し違う礼拝を守っています。平和を願い、平和を祈る礼拝、そして平和のために一歩踏み出す。そんな礼拝を守っています。


 平和とは何でしょうか? 聖書はどんなことを語っているのでしょうか?
「人はそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り、脅(おびや)かすものは何もない」(4節)。
 これが、今日の聖書の御言葉によって語られている平和な状態、当時のイスラエルの人々が望んだ究極(きゅうきょく)の平和です。イスラエルの人々が住んでいたカナン(パレスチナ)の地は、地中海の東側にあって、ぶどうやいちじくの栽培が盛んな地域でした。聖書の中で“乳と蜜の流れる土地”と呼ばれています。
 けれども、そこは少数民族がいくつもひしめき合っていて、争いの絶えない地域でした。イスラエルも数え切れないほど、周りの諸民族と戦いを繰り返して来ました。土地を取ったり、取られたりして来ました。このミカ書の言葉が書かれたときは、イスラエルは国土を失って、捕虜(ほりょ)にされている状態でした。
 そういう現実の中で、人が争い、取り合うことなく、自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に安心して座っていられることこそ、イスラエルの平和でした。脅かすものは何もなく、安心して耕し、食べ、休むことができる。それが、平和でした。


 「脅かすものは何もない」。これは平和の条件の一つだと思います。それで思い出したのが、『信徒の友』8月号に載(の)っていた、長谷川儀さんというカトリックの司祭(しさい)の方が書かれた〈生かされた者の使命〉という特集でした。長谷川さんは1945年8月6日、14歳のとき、広島で、原子爆弾によって被爆(ひばく)されました。爆心地から2キロの場所で、焼けてボロボロになった服が皮膚(ひふ)にはりつき、露出(ろしゅつ)していた皮膚は黒く縮(ちじ)れて垂れ下がったと言います。病院は負傷者であふれ、往診など無理な話で、長谷川さんは死線をさまよいました。そのとき、藁(わら)にもすがる思いでカトリックの修道院を訪ね、医者の心得のある神父さんに治療してもらうことができました。その後も危篤(きとく)に陥(おちい)ったとき、修道院の別の神父さんの指示を守ったところ、奇跡的に回復することができたそうです。そんなキリスト教との出会いから、やがて長谷川さんは“核兵器で殺されるより、核兵器に反対して殺される方を選んでお献(ささ)げいたします”と決意して、カトリックの司祭になられたそうです。
 そんな長谷川儀さんが、8月15日の天皇による敗戦の宣言を聴いたとき、“負けた悔しさより、「もう防空壕へ避難したり、逃げ惑(まど)ったりしなくて済むんだ。夜も明るくできるんだ」と頭の中で考えていました。あとは安心感で気が緩(ゆる)み、涙がにじみ出るだけでした”と書かれています。
 もはや戦いはない、脅かすものは何もない、という安心。それが、平和の条件、平和への第一歩です。
 イスラエルの人々も、戦いのない安心を願いました。「剣(つるぎ)を打ち直して鋤(すき)とし、槍(やり)を打ち直して鎌(かま)とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(3節)という安心、脅かすもののない平安を求めました。


 省みて、現代の私たちはどうでしょうか? 「脅かすものは何もない」という社会に生きているでしょうか?
 2011年3月11日、東日本大地震が起こりました。地震の揺(ゆ)れと、今まで見たこともないような津波によって、膨大(ぼうだい)な物的被害と共に、2万人近い人の命が失われました。    
そしても一つ、忘れてはならないのは、福島第一原発による放射能汚染(おせん)です。原発事故としては、チェルノブイリに並んでレベル7という最悪の事故レベルであり、このために、福島の人々をはじめ、どれほど多くの人が生活と心を脅かされたか分かりません。それでも、まだ私たちの日本は、原発から他のエネルギー開発の方向へ転換できずにいます。経済を考えたら、企業が効率の良い多量の電気を欲しているのは分かりますし、エネルギー開発は、すぐに簡単には転換できないことも分かります。多額のお金も必要でしょう。何より私たち市民が、電気を大量に使った便利な生活に慣れている、それを望んでいます。私もその一人です。
けれども、これほどの被害を受けて、原発の問題に「道」(2節)が示されないままで良いのだろうか、と私は考えさせられています。
 何よりも、このままではいけないと感じさせられたのは、私たちが原発によって、次の世代に“負の遺産(いさん)”を遺(のこ)し続けているということでした。やはり『信徒の友』の7月号ですが、〈創世記が語る次世代への私たちの責任〉という文書を通して、今、処理し切れない核燃料廃棄物をとめどなく増やし続け、その問題を次の世代へと先送りしていることを知りました。このまま核廃棄物が増え続けたら、次の世代はどうなるか、考えると恐ろしくなります。原発は“今現在”だけの問題ではなく、“将来”の大問題であることを知りました。それは、私たちの罪を子孫に及ぼすことであり、私たちが今の便利さを優先して、次の世代の隣人を貪(むさぼ)っていることだと知りました。それは、とても申し訳ないことだと感じました。


 今、原発という「剣」を打ち直して、安全なエネルギー開発という「鋤」を生み出すべき時代ではないだろうか、そんなことを平和聖日に当たり、聖書の御言葉から考えさせられています。
 かと言って、何をどうすれば良いのか分らないのも本当です。個人の生活としては、電気の消費を減らしてエコな生活をするということもあるでしょう。また、原発反対の運動に参加するのも一つの方法かも知れません。日本基督教団関東教区では、5月に行われた関東教区総会で〈原子力発電からの脱却を求める関東教区声明〉というものを決議しました。
 けれども、国としての平和への道は、やはり政治家に指導してもらう以外にないのではないか。私たちは、そのために祈る以外にないのではないか。そして、平和のために示された道が、今の便利さを捨てることであり、また、新しいエネルギー開発のために、安心して暮らせる平和な社会をつくるために今以上の税金を払うことであるならば、それを受け入れる覚悟を今から固めておくことではないか。そんなことを思い巡らしています。
 預言者ミカは、「終わりの日に」(1節)と語りました。今すぐ、ではなく、神さまが用意してくださっている“将来”に、剣が鋤に打ち直され、戦いを学ばず、脅かすもののない平和が実現すると預言しました。
 その将来に向けて、私は、負の遺産ではなく、良いものを遺して行きたいと、御言葉によって示され、願っています。

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