坂戸いずみ教会・礼拝説教集

<キリストの愛とともに歩もう>イエス・キリストを愛し、自分を愛し、人を愛して、平和を生み出すことを願います。

2007年1月7日 主日礼拝「イエスがこれと思う人」

聖書 マルコによる福音書3章7〜19節
説教者 山岡創牧師

◆湖の岸辺の群衆
3:7 イエスは弟子たちと共に湖の方へ立ち去られた。ガリラヤから来たおびただしい群衆が従った。また、ユダヤ、
3:8 エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからもおびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た。
3:9 そこで、イエスは弟子たちに小舟を用意してほしいと言われた。群衆に押しつぶされないためである。
3:10 イエスが多くの病人をいやされたので、病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、そばに押し寄せたからであった。
3:11 汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。
3:12 イエスは、自分のことを言いふらさないようにと霊どもを厳しく戒められた。
◆十二人を選ぶ
3:13 イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。
3:14 そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、
3:15 悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。
3:16 こうして十二人を任命された。シモンにはペトロという名を付けられた。
3:17 ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。
3:18 アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、
3:19 それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。


        「イエスがこれと思う人」
主イエスが宣教活動を始めると、次第に身の回りが忙しくなって来たことが、今日の読みました聖書の箇所に記されています。救いを求める人々が数限りなくいたからです。そこで、主イエスはご自分と共に宣教の働きを担う12人の「使徒」(14節)を任命されました。「使徒」とは、簡単に言えば"お使い"のことです。イエスさまの代わりに、イエスさまの福音を携えてお使いに出て、そこで福音を宣教し、人を救う働きをするのです。少し格好よく言うと、福音宣教の"使命"を担う者ということでしょう。


ところで、主イエスはこの12人の使徒を任命する際に、「これと思う人々」(13節)を呼び寄せました。「これと思う」ということは、どこかに見所がある、という意味です。主イエスがこれと思って任命した12人の使徒たちには、一体どんな見所があったのでしょうか。



まずお話したいのは、主イエスが宣教という目的のために特別なエリート・チームを作ろうとしたわけではないのではないか、ということです。何かの目的のために人を選び、任命する場合、普通はその目的を実行・達成するためにふさわしい人、スペシャリストを選ぶでしょう。


先日1月2〜3日に第83回の箱根駅伝が行われました。東京から箱根までの108キロを片道5つの区間とし、往復10区間を、全国から選ばれた20の大学が今年も熱く競いました。私は例年のようにテレビにかじりついて見ておりましたが、順天堂大学が"山の神"と言われるキャプテン・今井選手の快走で総合優勝を果たしました。


この箱根駅伝を例に取りましても、この競技に優勝するために、できるだけ長距離を速く走ることができる人を集め、その中から更にスペシャリストを選び出すわけです。そういう集団は、自ずとカラーが決まってきて、似たような人間の集団になって来ます。


ところが、主イエスが任命した12人は、どうもそういう感じがしない。例えば、マタイという人は、マタイによる福音書9章で徴税人として出てまいります。この人はマルコによる福音書2章13節以下で主イエスに召された徴税人レビと同一人物だと思われますが、とにかく徴税人とは当時ユダヤ人を支配していたローマ帝国の管轄下で、ローマに尾を振り、甘い汁を吸っていた職業の人間です。だから、熱心党のシモンのような、ユダヤ人をローマ帝国の支配下から解放して独立国家を復興しようとするような政治的愛国主義者とは相容れない間柄です。顔を合わせれば、熱心党員が徴税人につかみかかりそうな関係なのです。そのような者同士が12人の中に任命されているのです。また、ペトロを始めガリラヤ湖の漁師たちが数名混じっています。彼らは後に、使徒言行録4章13節で「無学な普通の人」と言われています。他方で、今日の聖書箇所には出て来ませんが、ヨハネによる福音書1章では、ナタナエルという律法の教師が弟子となっています。福音を宣教するのであれば、律法学者や教師のように聖書に学のある人の方が良かったかも知れません。けれども、そう考えるのは人間的な判断であって、主イエスの任命、主イエスの選びは、それとは違うようです。


主イエスは宣教のためのエリート集団、スペシャリストを特に選びませんでした。場合によって相容れないような色々な人を、また、ごく普通の、平凡な人をお選びになりました。それは、色々な人、ごく普通の人によって福音が宣教されてこそ、多くの人に伝わり、受け入れられて行くと、主イエスがお考えになったからかも知れません。なぜなら、特別な人だけが福音を宣教していると、人々は、そういう特別な人しか救いの恵みをいただくことができないと考えるかも知れないからです。色々な人がいて、しかもごく普通の人が、自分の特別な力によってではなく、神さまの恵みに喜び感謝して、聖霊の力に強められて、福音を宣教していく時、それが一番、福音が伝わり、信仰が生み出されていくのではないでしょうか。


この12人の使徒たちを教会の雛型として考えるとき、私たちの教会にも色々な人がおり、ごく普通の者が集まっているということは、主イエスのお考えにふさわしいことだと思うのです。そういう私たちが一人一人が、神さまの救いによって生かされ、この救いを信じる信仰において一つとなり、互いに祈り合い、愛し合いながら、福音を宣べ伝えていくことが、主イエスの御心に敵う宣教なのでありましょう。



とは言え、主イエスが「これと思う人々」なのですから、何か、これと思う見所があったのでしょう。ただし、注意しておきたいのは、主イエスの任命は、例えば100人の弟子たちがいて、その中から「これと思う」12人を選抜した、という意味ではないということです。主イエスは一人一人の内に「これと思う」ところを見出しておられたのでしょう。


例えば、使徒に任命された12人の中には、目立たない人々がいます。取り立てて何のエピソードもなく、ここに名前が出て来る以外、聖書の他の箇所には登場しない人が数名います。けれども、そういう人が陰でよく祈る人であったかも知れませんし、見えないところで、よく下働きをするような人であったかも知れません。そして、そういうところを主イエスはよくご存知だったのでしょう。


私たちは皆、主イエスが「これと思う」存在なのです。父なる神さまが、その天地創造において、極めて良いものとして造り、満足された人間なのです。だから、もし他人の内に「これと思う」ところを見出せないなら、それはこちらが捜す努力を怠っているから、足りないからだと考える方が良いでしょう。また、自分自身の内に「これと思う」ところを見出せず、自分らしく生きられないなら、それは自分と他人を必要以上に比べているからでありましょう。


私たちの内には必ず、主イエスが「これと思う」ところがあります。隠されています。だから、他人と比べることをせず、自分は自分、自分の置かれたところで、自分らしく生きれば良いのだと思います。自分らしく信仰の道を歩めば、神さまは喜んでくださるでしょう。そのような私たちが、宣教のために協力し、仕え合っていくところに、使徒の群れ、教会は造り上げられていきます。



12人の使徒たちは、主イエスが「これと思う人々」でした。しかし、そのリストの中に「イスカリオテのユダ」(16節)の名前が記されていることを不思議に思われる方が、この中にいらっしゃるかも知れません。しかも、わざわざ「このユダがイエスを裏切ったのである」(16節)と断わられて、その名が記されているのです。


"臭いものには蓋"という諺がありますけれども、私たちは自分の弱みや失敗、不名誉等は隠そうとするところがあります。そういうものは隠しておいて、良いところばかりを見せようとする。まして、多くの人々に宣教し、教会を保ち続けていくために記される公の文書であれば、汚点は削除されても不思議ではありません。いわゆる"大本営発表"ではありませんが、自分たちに都合の良い、有利な内容を選んで、記録に残しても不思議ではありません。それなのに、主イエスが選んだ弟子、任命した使徒の中から裏切り者が出る、という汚点を、なぜ福音書は記しているのでしょうか。


それは、自分たちの罪の汚点を魂に刻んで忘れないためであり、そして、その罪を主イエスに赦されて、愛されているからこそ、使徒たり得るからだと思うのです。


イスカリオテのユダは、今日の箇所の直前、3章6節にも書かれているように、主イエスを殺そうと謀る敵対者たちに、主イエスを売り渡しました。しかし、ある意味で主イエスを裏切ったのはユダだけではありません。主イエスが捕らえられた夜、使徒たちは皆、主イエスを見捨てて逃げました。ペトロはその後、主イエスを知らないと言って、自分と主イエスとの関係を否定しました。イスカリオテのユダは言わば、それら裏切る弟子たち全体の代表として記されているのだと私は思うのです。


主イエスが「これと思う」使徒たちが皆、裏切り、見捨てました。主イエスは人を見る目がなかったのでしょうか。そうではありません。主イエスはきっと、人間の弱さを、そこまで折込済みで、彼らを使徒に任命したに違いありません。そして、ご自分が父なる神さまから託された使命は、この使徒たちをこの上なく愛し抜き、限りなく赦し続けることだと考えていたに違いありません。


この後、十字架に架けられて死なれた主イエスは、復活して使徒たちの許に現れ、彼らを愛し、赦し、再び宣教へと遣わされるのです。それによって弟子たちは福音の何たるかを知ったのです。福音は、神の赦しなのだ、神の限りない愛なのだ、と肌で知ったのです。魂の深くに恵みとして刻み込まれたのです。だから、彼らは主イエスの十字架を、単なる処刑ではなく、自分たちの罪を贖う犠牲の死と受け止め、信じました。そして、この愛に包まれて、赦しに押し出されて、彼らは力強い宣教へと踏み出して行ったのです。力強いと言っても、意識して、努力して、力を込めたわけではないと思います。自分の内側に起こった神の恵みを、ただ溢れるばかりに感じた神の愛を、感動した神の赦しを、ありのままに語り、そして生きただけであったろうと思うのです。それが、そのまま生きた宣教となったのです。



昨日、大宮教会で大橋秀雄さんという方の告別式が行われました。癌を併発されて、1月3日に96歳で天に召されたということです。75年余りの信仰生活だったそうです。私の妻の理恵が、元々大宮教会の出身で、お交わりもあり、告別式に出席して来ました。大橋さんは特に、大宮教会から巣立っていった牧師や牧師夫人となった人を心にかけて、年末に心のこもった贈り物を贈ってくださいました。それは、贈り物という形だけのことではなくて、いつも見えないところで私たち夫婦・家族のために祈り続けていてくださったということだと思います。


10月頃、やはり理恵がご自宅にお見舞いに伺ったことがありました。その際、"こんなに罪深い者がイエスさまに赦されて、真っ白にしてくださって、本当にありがとうございました"と、感謝の言葉に溢れていたそうです。大橋さんがご自分の内にどんな罪を感じていたのかは分かりませんが、罪赦された感謝の言葉を何度も繰り返されたということです。その大橋さんの病床で、12月28日にクリスマスの病床聖餐が行われました。大宮教会の疋田先生が、どうですかと聞いたところ、"段々暗くなってきました。でも、イエスさまの光が見えます"と答えられ、"恵みと感謝を持って行きます"と言われたそうです。その後、意識がなくなり、1月3日に天に召された。だから、病床での聖餐がこの世で最後の食事であったそうです。最後まで、主イエスの愛と赦しに、その象徴である聖餐に与って、大橋さんは主イエスの御許に逝かれました。


大橋さんがしばしば語られた愛唱の御言葉は、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」(Iテサロニケ5章16〜18節)だったということです。そして、それが口だけではなく、その御言葉のとおりに、主イエスを信頼し抜いて歩んだご生涯であったと思われます。その姿は理恵を始め、家族や周りの多くの人たちを感化したことでしょう。その生きた宣教の生涯はどこから生まれたのでしょう。それは、自分の罪が主イエスに赦され、愛されていると心から信じた人の姿です。そして、そういう人こそが、主イエスが「これと思う人」に違いないと思うのです。

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