坂戸いずみ教会・礼拝説教集

<キリストの愛とともに歩もう>イエス・キリストを愛し、自分を愛し、人を愛して、平和を生み出すことを願います。

2022年1月9日 主日礼拝説教    「別々に進む」

 聖 書 使徒言行録15章36~41節
説教者 山岡 創牧師

36数日の後、パウロバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」 37バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。 38しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。 39そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、 40一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。 41そして、シリア州やキリキア州を回って教会を力づけた。

「別々に進む」
 おい、パウロ!、おまえ、それはないだろう! もし今日の聖書箇所が舞台の上で演じられているとしたら、私は思わず、観客席から、こう叫んだかも知れません。パウロの言っていることが間違っているとは思いません。でも、これまでのパウロの経緯を、特にバルナバとの関わりを考えると、私は、そのように感じてしまうのです。
       *
 事の発端は、再度の伝道旅行に出発することでした。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか」(36節)。パウロバルナバに提案しました。
 二人は、既に1度、アンティオキア教会から送り出されて、キプロス島と、現在のトルコに当たるローマ帝国領土のパンフィリア州、キリキア州の町々を巡り、キリストの救いを宣べ伝えて旅をしたことがありました。その様子が13~14章に描かれています。決して楽な仕事ではありませんでした。各地で邪魔に遭いました。特に、キリストの救いに妬(ねた)みを感じたユダヤ人が、激しく、執拗(しつよう)に二人を迫害しました。そのような困難の中で、しかし、一部のユダヤ人だけではなく、数多くの異邦人がキリストの救いを信じて受け入れ、各地に教会が生まれる。その喜びを、二人は共に味わいました。だから、パウロバルナバは文字通り、苦楽を共にした、強い絆で結ばれた関係であることは間違いありません。
 このような苦楽の中で生み出された教会の人々が、その後どうしているか?信仰から離れずに生活しているか?共に礼拝を守っているか?その様子を見るために、また再び教え、励ますために、もう1度行こう、ということになったのです。
 ところが、出発に当たって一つの問題が生じました。それは、「マルコと呼ばれるヨハネ(37節)を連れて行くかどうか、という点でした。ヨハネは、最初の伝道旅行の際にも、二人の助手として同行しました。けれども、キプロス島で伝道した後、パンフィリア州のペルゲという町に着いた時、ヨハネは二人と別れてエルサレムに帰ってしまったのです。そのことが13章13節に記されています。
 体調が悪くなったからか、それとも迫害がつらかったからなのか、はたまたあまりにも異邦人と接することがユダヤ人の習慣として苦痛だったからなのか‥‥‥その理由、事情は何も記されていません。
 ともかく、そのヨハネを、バルナバはもう一度連れて行こうと思い、他方パウロはそれに反対しました。そして、「意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって」(39節)しまった、というのです。あれほど伝道の苦楽を共にしてきた二人が、けんか別れをして、別行動をとるようになるとは、何とも残念な、悲しい結果です。
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 おい、パウロ!、おまえ、それはないだろう! パウロは元々、キリストと教会に大反対で、迫害の先頭に立っていたような人物です。律法とその“行い”によって救われる。神に認められる。そう信じて譲らなかったパウロでしたが、神の“恵み”によって救われるというキリストの救いの真骨頂に触れ、180度回心してキリストの弟子となり、今度はキリストを伝える働きの先頭に立とうと志します。けれども、周りが納得しません。あいつは、教会を迫害し、弟子たちを捕らえ、処刑していた張本人だ。それがにわかに回心してキリストの弟子になったなんて信じられない!もしかしたらスパイかも知れない。パウロは疑われ、なかなか教会に受け入れられなかったのです。
 そんなパウロのことを弁護し、教会の仲間たちとの間を取り持ったのがバルナバでした。バルナバの執(と)り成しがなかったら、パウロは教会に受け入れられなかったかも知れない。言わばバルナバは、パウロにとって大恩人です。しかも、キリストとの関係で言えば、パウロも最初、大間違いをした、大失敗をした、償(つぐな)うことなんてできない大きな罪をキリストと教会に対して犯したのです。それが赦(ゆる)されて、再起のチャンスを与えられたからこそ、今があるわけです。
 おい、パウロ!、おまえは大きな罪を犯し、人生、大失敗、大間違いをしたじゃないか。それが赦されて、再起のチャンスを与えられて、キリストの弟子として立ち上がることができたんじゃないか。それなのに、どうしてヨハネの失敗を赦してやれないんだ?どうして、もう一度チャンスをあげられないんだ?失敗は成功の元って言うだろう。失敗から学んで、人は向上して行くんだよ。しかも、罪を犯して大失敗をした君のことを執り成し、チャンスをくれたのはバルナバじゃないか。そのバルナバが、ヨハネにもチャンスをあげようとしているのに、どうしてそれが受け入れられないんだ!‥‥
 でも、そこで大恩人のバルナバの意見だから、ここは従わないと、と考えて黙ってしまわないところがパウロの良いところかも知れません。人を恐れ憚(はばか)らずに、神さまを意識し、自分の意見ははっきりと伝える。また、今後の伝道の厳しさを考えた時、これに耐えられる人材を選ぶのがベターでしょう。この後、パウロの奮闘の様子は使徒言行録に書き続けられますが、バルナバは、これを最後に使徒言行録から消えていきます。
 それでも、私は“バルナバ派”です。話は変わりますが、今年の箱根駅伝青山学院大学が優勝しました。翌日、日本テレビの朝の報道番組〈スッキリ〉に、優勝メンバーと原晋監督が出演し、インタビューに答えていました。その中で、選手が迷った時に守りに入るのではなく、攻めの選択をするためには、どうしたらいいですか?という質問がありました。すると、原監督は、失敗をした時に指導者が怒らないことだと思います、と答えられました。さすが!そういう環境でこそ選手は安心して育つ、と感じました。
 キリストの救いとは、罪が赦される安心です。教会とはある意味で“敗者復活”の場所です。失敗した時に主イエス・キリストは怒らない。だから、使徒ペトロも、主イエスを知らないと3度否定した挫折から立ち直り、初代教会の中心となりました。キリストに反対し、教会を迫害したパウロも、回心して赦され、伝道の大きな働きをしました。伝道旅行から逃げ出したヨハネは‥‥マルコによる福音書を書き残したマルコが、実はこのマルコ・ヨハネかも知れません。後に、パウロもマルコを認め、和解したような節が新約聖書のテモテへの手紙(二)4章の終りにあります。
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 私たちは完璧ではありません。人として、またクリスチャンとして失敗することがあります。間違い、罪を犯すことがあります。でも、それで終わりではありません。主イエス・キリストという教会の“指導者”は、失敗しても怒らず、私たちの信仰の歩みを、大きな目で、温かい心で見守っていてくださいます。パウロバルナバが激しく衝突し、別行動をとったのは、その時点で失敗だったかも知れない。でも、主は怒らずに、一人ひとりの思いも、衝突も、別行動も、きっと後々に生かしてくださる。その計(はか)らいを信じられるからこそ、私たちは、失敗しても立ち直り、安心して進むことができるのです。

 

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